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『天然コケッコー』

『天然コケッコー』7月28日(土) シネスイッチ銀座、渋谷シネ・アミューズ、新宿武蔵野館ほか全国順次ロードショー
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作品情報

初めて同級生ができました。

天然コケッコー
全校生徒たった6人の分校にある日、東京からイケメンが転校してきて…

田んぼが広がる町で、小・中学を合わせて生徒が6名しかいない分校に通う、中2のそよ。彼女の学年に、東京からイケメンの大沢が転校してきた。ちょっと意地悪で近寄りがたい存在の大沢に、そよは次第にひかれていく。

くらもちふさこの名作コミックを「リンダ リンダ リンダ」の山下敦弘監督が映画化。「ケータイ刑事」の夏帆が演じる少女の初恋を、美しい自然と共に映した青春ドラマ。

ジャンル:青春ドラマ
上映時間:121分
配給:2007アスミック・エース
[監督]山下敦弘
[原作]くらもちふさこ
[脚本]渡辺あや
[音楽]レイ・ハラカミ
[主題歌]くるり
[出演]夏帆 岡田将生 夏川結衣 佐藤浩市 柳英里沙 藤村聖子
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レビュー

天然コケッコー

エキセントリックな映像作品や難解なサスペンスよりも、空気感を重視する作品を評価するのが難しい。なぜなら作り手には明確な答えがあるのに、人それぞれで、感じ方が違うからだ。観る者の人生というフィルターを通した視点でしか、空気感を重視した作品を捉えることができない。だから、そういう作品は評価もしづらければ、万人を超えて大ヒットもしにくいのだ。しかし、そこに埋め込まれた作り手との共感という装置が作動すれば、その作品は観る者にとって、忘れられない1本となる。くらもちふさこが書いた漫画を映画化した『天然コケッコー』は、ひょっとしたら多くの人の忘れられない1本になるかもしれない。

ストーリーを説明するのがとてもナンセンスなこの作品は、島根県の田舎町を舞台にして、日常生活の中にある素敵なコトモノをスクリーンに映し出す、いわば空気感を重視した映画だ。田舎に暮らしたことのある人ならその体験により記憶し、田舎で暮らしたことのない人ならそのイメージにより想像している、小さいけれども温かい村での生活がそこにある。村人みんなが知り合いで、誰ともなく助け合い、お互いのことを考えて暮らす。主人公は、中学二年生のそよ。そこに都会から転校してくる同級生の大沢広海。これだけのことがちょっとした事件となるような緩やかな村。それもいつしかやさしく飲み込んで、繰り返される日々のやわらかさを包んだひとつのコミュニティとして正しく素直に機能しているその姿は、観るものに強い郷愁を引き起こす。たとえ実体験したことがなくても、心が捉えられる何かがそこにはある。それが他の作品にはない、この作品の強さだろう。

心を捉えて離さないものがいったい何なのかを考える。僕は、両親の田舎はあるけれども、その記憶もかすかなレベルのもので、明確な意識の中で田舎の体験を思い起こすことは特別ない。それでいて心を捉えたのは、おそらく何事もない日常の中にきらめいているもののはかなさと美しさだろう。それは、無意識のうちに、誰しもが感じていることだ。

『ジョゼと虎と魚たち』や『メゾン・ド・ヒミコ』などトーン&マナーの美しさに定評のある本作の脚本家、渡辺あやは、最高にすてきなことは、最悪に退屈な日常のすぐ隣にひそんでいるのかもしれないと、原作者の作品群から教えられたという。その空気を『リンダリンダリンダ』などでもフラットの中にきらめきを植え込んだ、監督の山下敦弘がフィルムに浮き彫りにしている。この組み合わせはこの原作の映画化にとって完璧だろう。そして、くるりの主題歌、レイ・ハラカミの音楽が、作品の空気を静かに柔らかく響かせる。

天然コケッコー

この物語は、映画として一番動きのある主人公ふたりに全ての視線が注がれているわけではない。大切なものを案内するナビゲーターとも言うべき主役ふたりをとりまく日常にこそ、我々が本当に心動かされる美しさがある。日常は誰にでもあるものだ。そこを捉えることができれば、きっと本作は忘れられない1本となる。

執筆:中井 圭

くらもちふさこさまへ

原作モノを映画化する場合、原作者の許諾が必要になります。
映画『天然コケッコー』にも、原作のマンガがあり、原作者に許諾をもらう必要があるのです。

映画『天然コケッコー』の脚本家となった、渡辺あやさんが、原作者であるくらもちふさこさんに、映画化の許可をもらうため、 あるいは、それを超えたところで、出された2通の手紙をここに転載させていただきます。

この手紙は、僕のわかりづらいレビューなんかよりも100倍、1000倍、この映画の精神性を体現しています。
そして、人と、人が生み出すものへの愛に溢れています。

(シネマスクランブル編集長 中井 圭)

くらもちふさこさま

突然お便り申し上げる失礼をお許しください。
はじめまして。渡辺あやと申します。
このたび「天然コケッコー」映画化企画書に、脚色担当候補として
名前を並べて頂くこととなりました。

10代の頃、まるで恋にうかされるかのように、そのひとの作品を読むために
毎月別マを買いに自転車を走らせていた、
その憧れの作者がさらにその後、全く新たな境地を切り開き、
長い月日をかけて完成された大傑作。
「天然コケッコー」は私にとって、本来、触れるにはおそれ多すぎる、
偉大なバイブルとして心酔してきた作品でもありながら、
映画に関わる人間として、
もしこの作品がいつか映画化されることがあるなら、出来れば脚本で、
ダメならロケ地のボランティアスタッフでもいいから、
必ず必ず、参加したいと思い続けてきました。

一口に脚色と言っても、原作によって仕事の内容は自ずと変わってきます。
もし、私に「天然コケッコー」の脚色がゆるされるとしたら、
私という脚本家の爪跡がどこにも残らないような作業をしたいと思っています。
原作の輝きをあるがまま、可能な限り正確に映像に転写すること、
あくまでも、その上で劇場映画として成立させること、
というのが私にとって最大の課題となるでしょうし、
また監督含めスタッフにも、同じことを求めたいと考えています。
そよちゃんたちを育む太陽や海や土のように、
また、彼らの物語を見守る目線のように、
存在の力を信じ、時の流れを愛し、やさしく、けれど厳然と、
映画もまた、育てられてゆくべきであるように感じております。

ずっとファンとして、くらもちさんの作品群を追いかけながら、
私は、はかりしれないほどたくさんのことを教わり続けてきました。
能天気なただの一読者であった頃と、ストーリーテラーとして
創作の現場の隅っこで煩悶する現在とでは、
教わる内容は様々に変わっていきながら、それでも、一貫して
変わらないこともあります。
それは、日常の細部に夢をみる力、のようなもの。
最高にすてきなことは、最悪に退屈な自分の日常のすぐ隣に
ひそんでいるのかもしれない、と想像してみる練習を、
私はくらもちさんの作品を読むことによって、自然に繰り返させて
頂いてきたように思います。
ヒトの知性とは、おそらくそういうことのためにあり、
私の思う文化とは、誰かのそれを一緒に盛り上げるお手伝いをするものです。
「天然コケッコー」を映画に出来るなら、観たことによって、
誰かの退屈な視界が一気に彩度を増すような、
そんな作品を目指したいと考えています。

僭越ながら、脚本を私の手にゆだねることをおゆるし頂けたら、
こんなに嬉しいことはありません。
あくまでも第一案ではありますが、プロットを添付いたしますので、
そちらもご参照のうえ、ご検討よろしくお願い致します。

お便り差し上げられたこと、本当に光栄でした。

それでは。

渡辺あや

くらもちふさこ先生

拝啓 梅雨の雨に緑はいっそう色を深めて美しいこの頃、いかがお過ごしでしょうか。
はじめて先生にお目にかかって、はやいもので一年以上がたちます。
映画「天然コケッコー」は、いよいよ7月25日より夏編のクランクインを迎えることとなりました。
監督はじめスタッフたちは皆、島根の不安定なお天気から、あまりにも若い役者陣の予測不可能な発育ぶりまで、こまごまと心配しつつ、それでもようやく「天コケ」の空気を吸えることを心から楽しみに、最終的な準備作業に入っております。

そよ役は、夏帆ちゃんという中学三年生の女優さんに決まりました。
顔や体のバランスはとてもそよに似ているのですが、素の彼女はそよに比べ、やはり都会の女の子らしい憂い、繊細さの色が濃い印象があります。都会に育っていたら、そよは意外とこんな風に伏し目がちだったかもしれないし、逆に言えば、彼女がそよという役を得て、田圃のあぜ道を歩き、太陽に照らされることで、ひらけていく表情もきっとあり、そしてそれはかなり魅力的だろうな、と予感されます。

大沢役の岡田くんも、これまた内面的には大沢とは正反対の、シャイかつナイーブこのうえない少年で、にもかかわらず、黙っていると大沢に見えるという面白い子です。芝居的には、オーディションで監督が頭を抱えたほどの未熟さなのですが、そのあやうさも含め、なぜかみんなが目を奪われ、つい笑ってしまうような、不思議な魅力を持っていました。
監督は大いに迷ったようですが、先生がたったひとつ、私たちにおっしゃった「大沢のキャスティングポイント」を大きな手がかりとして、最終的には彼の生来の魅力に賭けるという決断をされました。

伊吹役は、オーディションで限りなくオヤジ的な演技を披露してくれて満場一致に近かった柳さん、篤子役の藤本さんは、先日のリハでは本当に篤子らしい表情を絶えず見せてくれていました。
この二人に関しては、監督もかなり信頼されているレベルで、彼女たちのおかげで、監督が主人公二人の演出に集中できる環境が整えられることと思います。

監督はロケハン等ですでに何度も島根に入られ、原作を読み返し、脚本を読み返しては、様々なプランを練っているようですが、先日話したときに、とても印象的だったのは、
「それでもここまでずっと頭で考え続けてきたことが、全部無駄になる瞬間がやってくる気がする」と、そして、それを待っている、と言われたことでした。
才気に溢れ、静かに情熱的で、世の注目度も高い若手監督ですが、この方が「天コケ」の監督で本当に良かったなあと思うのは、物語の中の細部を決しておろそかにせず、そよからシゲちゃんまでを等しく、分け隔てなく愛しむ目線をお持ちのところです。そよだけをより可愛く撮れる監督なら他にもいるかもしれませんが、「天コケ」のあの村の中にいるそよの意味、たたずまいを正しく表現する監督として、山下さんは他の誰よりも断然適した方であると確信しています。

ちなみに私は僭越ながら、メイキング監督を担当します。
単純に現場に通う口実が欲しかったのもありますが、何より撮影現場はきっと自分の手で記録したくなるような瞬間に満ちるに違いなく、自分からプロデューサーにお願いしました。
監督も言う、「頭の中の計画をすべて無駄にする何か」の到来を、私も現場できっと待つのだろうと思います。
太陽も、海も、夏休みの子供たちも、あたりまえにどこにでもあるようで、いざ捕えようとすれば、こんなにもはかなげであることに息苦しいほど緊張しながら、でもきっと到来し、すべてを運んでゆくのは、「天コケ」そのものの中から芽吹き出でてくるものにちがいない、と思えます。
そう信じれば何も恐れる必要はない気がします。
現場を支配し、ひいては作品を支配してゆく、力強く有機的なうねり、「天コケ」のそれはどんな色をもち、どんな匂い、手ざわりをもつのか、が楽しみで、こわくて、なりません。

そんなわけで、まだなにも始まっておらず、そわそわとするばかりのさなかではございますが、とりあえず環境としては、熱心なスタッフたちによって、十二分な丁寧さと愛情でもって整えられつつあることを、ぜひ先生にご報告したく、お便りさせていただきました。
いち天コケファンとしての、ファナティックでいじわるな私の目から見ても、スタッフたちの動きは、作品への想いにしっかりと支えられております。

もし、お時間のご都合がつくようでしたら、ぜひぜひ撮影現場にもお越しくださいませ!とはいえ「天コケが撮影されてる現場を、見学されてる先生」なんて見てしまったら、私はそれだけで号泣さもなくば失神しそうですが。

いよいよ暑さも厳しくなってまいります。どうぞご自愛くださいませ。

敬具

2006年7月1日 
渡辺あや

JASRAC許諾第6652685200Y31018号
[c]2007「天然コケッコー」製作委員会  

(C)KADOKAWA X MEDIA ALL RIGHTS RESERVED.

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